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その背景に(きっと)あるもの
〜トマス・ヴィンターベア監督『アナザーラウンド』

 『幸せになるためのイタリア語講座』や『偽りなき者』、最近だと『わたしの叔父さん』など、デンマーク映画にはたまらなく好きなものが多い。もしも「我が人生のベスト30・映画部門」なんてものを選出することになったら(誰かに頼まれない限り、そんな作業はやらないだろうけど)、そこには少なくとも5、6本のデンマーク映画が入るんじゃないだろうか。観た本数で言えば、アメリカ映画やフランス映画、それに日本映画に比べて圧倒的に少ないはずだから、打率は高い。その理由や背景にあるものを真剣に探ったことはないけれど。

  この『アナザーラウンド』もデンマーク映画だ。しかし、今回は製作国がどこかとか監督や主演が誰だとか、そういうことではなく、飲酒にまつわる映画ということで、いつもとは別の期待を(そして、一抹の不安をも)抱えて映画館に行ってきた。ちなみに、“アナザーラウンド= Another Round”は英語圏向けのタイトルで、“How about another round?”(もう一杯ずつ飲まない?)のように使うらしい。デンマーク語のオリジナルタイトルは“Druk”——Google翻訳では“大量飲酒”と出てきた。笑。

 主たる登場人物は40歳から(明確な言及はないものの)50歳半ばにかけての4人の男性教師。要するに“ミッドライフ・クライシス”を大なり小なり経験している中年男たちだ。とりわけ、歴史教師のマーチンは、受け持ちの授業に身が入らず、長年連れ添った妻との関係もギクシャクし、人生に対する漠然とした失意と倦怠を感じながら、冴えない毎日を過ごしている。

 心理学教師ニコライの40歳を祝う誕生会に4人が集まった。そこで(どうやら禁酒中らしく)炭酸水を口にしながら浮かない表情を見せるマーチンを見るに見かねてか、ニコライがノルウェイの精神科医(映画では「哲学者」と紹介されるが、実在の人物で「精神科医」という肩書きの方が相応のようだ)であるフィン・スコルドゥールの論説を披露する。それは「人間は血中アルコール濃度が0.05%足りない状態で生まれてきている」というもの。つまり、飲酒によって血中アルコール濃度を0.05%に上げることで、人間は本来的に備わる活力と自信を取り戻し、仕事もプライヴェートもうまくいく......。

 マーチンを筆頭に、さっそく4人の男たちはこの論説を実証してみることにする。勤務先の学校にウィスキーやウォッカなどの蒸留酒を持ち込んで授業前や授業中にひそかにあおり、自宅でもアルコールを常に摂取した状態で過ごす。

 すると、あら不思議……いやいや、たいして不思議ではない。上戸の方なら誰でも身に覚えがあるはずだ、もちろんぼくにもある。血中アルコール濃度を0.05%に保った彼らはみるみる覇気を取り戻し、口にするユーモアや頓知も冴えわたり、自ずと授業は活気に溢れ、妻や子供たちとの関係も好転していく。ひとまずの成功に味をしめた彼らは、さらに血中アルコール濃度を上げた実験を試みることに。

 その結果がどうなったかについてはここでは触れないが、いずれにせよ、飲酒と人生をめぐるビタースウィートな傑作ヒューマンドラマだ。ビタースウィート……そう、希望と諦念、歓喜と悲哀といった相反する要素の混ぜ合わせ加減が絶妙なのだ。街はずれのバルで食べる絶品のタパス料理のように。

 

 単純に飲酒を礼賛する映画ではない。かと言ってもちろん、禁酒を促したり酔っ払いを貶めるような映画でもない。観る人の立場によって捉え方はずいぶんと変わってくるだろう。愛飲家なら、おのが酒飲み人生を祝福してくれたように感じるかもしれない。断酒した人や禁酒中の身なら、アルコールという合法ドラッグの恐ろしさを再認識するかもしれない。どのみち、何かを啓蒙する映画でないのは確かだが、しかし、トマス・ヴィンターベア監督は、飲酒の負の側面をしっかり描写しつつも、飲酒が人生にもたらすポジティヴな側面をとらえることに、少しだけ力を入れている——少なくともぼくにはそのように思える。

  映画館の闇で食い入るようにスクリーンを見つめながら、とりわけ中盤以降は、このような映画が作られる背景にうっすらと思いを馳せていた。

 映画の冒頭には高校生が酔って大騒ぎしているシーンが出てくるが、後で知って驚いたことに、デンマークでは、16.5%未満のお酒であれば16歳から購入可能であり、レストランやバーでの飲酒は18歳から認められる、らしい。そして、これはあくまでも購入時や外食時に適用される法律であり、飲酒そのものを制限する法律はかの国には存在しない。

 そのような、飲酒に寛容な社会で、わざわざ飲酒の美点を織り込んだ映画が作られるということは、飲酒の是非をめぐる議論やアルコールと距離を置こうとする風潮が日本なんかよりもよっぽど高まっているのではないか。つまり、この映画は、ソーバーキュリアス(=飲めるのにあえて飲まない/しらふで楽しむ)というカルチャーやライフスタイルに対するさりげない反動、と取れなくもないのだ。

 「お酒はやめた」「ノンアルでじゅうぶん」と言うと、いまだ奇異の目に晒されることの多い、あえて言うがオールドスクールな価値観が幅をきかす社会の中で日々を生きているぼくは、そんな、きっと存在するだろう、デンマークの社会背景に、羨望を感じてしまう。

 ともあれ、飲酒に対する考え方がもっと多様化してほしいと思わずにはいられない。飲む/飲まないの選択がエクスキューズなしに気兼ねなくできるようになってほしいし、飲まない人/飲めない人が選べる美味しいノンアルドリンクがどこの飲食店でももっと豊富に揃うようになってほしい、なにせ現状は一択ないし二択なのだから。人々の嗜好や価値観がばらけ、ばらけた上でそれぞれに尊重し合う――社会が成熟するとはそういうことなんだと思う。

  最後に蛇足――というかまあ、広報になるけれど、Low Alcoholic Cafe MARUKU カフェマルクは飲まない人も飲む人も居心地よく過ごせる店にしたいと心から思っている。

桜井鈴茂

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